[ホーム] [農学憲章] [声明] [第119回会議] [会議協議事項] [21世紀の農学ビジョン(高校生向)] [規約] [役員一覧] [役員会] [常置委員会] [会員等名簿] [シンポジウム] [ポスター紹介] [会議開催年次表] [お知らせ] [リ ン ク] [更新履歴]

 

我々は「農学」をこのように提言する


III.本提言の骨子(我々が考えている「農学」の特質とは)


(1)農学は食料生産をはじめ人類の生存と持続的活動を保障する総合科学である

 農学は、広義の衣食住との関わりを基底において、人類の生存・生活に貢献することを目標とした生物・生命に関する総合科学である。農学系学部はその創設の時代から、人類の生存・活動と幸福を目標に、生物の生産・保存、生産物の加工・貯蔵・流通などに関する自然科学の基礎から応用まで幅広い分野を包含する総合科学として、その発展を担ってきた。そして、農学は科学技術を人間の生活と社会の発展とに結びつける上で、農業経済系などの社会科学分野を必須の構成分野とする特質を有する。21世紀においては、農林水産業のみならず、人間社会のすべての産業が地球環境及び資源の有限性を視野に人れて営まなけらばならないとするならば、農学系学部における教育・研究の果たすべき役割はきわめて大きい。

 

(2)農学は環境調和型の生物機能創成の科学である

 人類は、化石資源の開発・利用により今日の繁栄を達成した。しかし、それがもとで起こる環境破壊から人類生存の危険も指摘されている。これ以上の化石資源へ依存することの危険性は世界の共通認識となりつつある。21世紀における資源として注目されているのが生物資源である。循環型資源である生物資源は地球環境保全面から最も好ましい資源であり、生物がもつ各種機能の開発・利用への期待が高まっている。生物種・生物遺伝資源の保全を図ることは、人類の持続的生存と活動のため、限りない可能性を与えている。農学は、環境調和型の生物機能創成の科学である。

 

(3)農学は資源環境科学である

 20世紀は温暖化、酸性雨、熱帯林破壊、海洋汚染、大規模開発など地球生態系破壊の顕在化した時代であり、21世紀は地球生態系の保全と再生の時代でなければならない。そのためには、地球の自然生態システムの解明とその保全、再生、修復に関係する環境科学の発展が必要である。農学は、広大な耕地、山林、海域を対象として、生物資源開発とともに環境生態系の保全・修復に関する科学・技術の発展を担ってきた。21世紀における持続可能な開発と環境科学の発展のためには、専門分野が有機的に総合化された総合科学としての農学の果たす役割が益々重大であり、農学に関わる科学者・技術者の責任が求められている。農学は、人類の生存と活動に必要な食料をはじめ水資源、森林・海洋資源の蓄積・確保と自然環境の保全・再生との調和を図る資源環境科学である。

 

(4)農学は全人類の生存権を視野に入れたグローバルで国境のない学問である

 21世紀には世界的に未曾有の人工増が予測される。現在約60億人の人口は2050年に100億人に達すると予測されている。しかし、増大する人口に対する食料生産基盤となる土地資源や水資源は危機的状況を呈している。発展途上国の食料難と栄養不足、都市のスラム化、森林破壊と河川や大気の汚染などの食料・環境問題をかかえており、21世紀にはその一層の深刻化が予測される。とくに、発展途上国の立地環境に調和した農林業の持続的発展と地域開発に寄与する持続的開発体系の確立が求められており、当該地域の社会性を配慮した伝統技術と先進技術を融合させた適正技術を創生することが必要である。先進国においても大気、海洋と土壌の汚染が進行し、農業分野でも農薬汚染、畜産公害などが深刻化し、環境保全型生物生産への転換が求められている。こうしたグローバル化した食料と環境問題の解決のためには、国際協力が必要である。幸いにして、我国の農学は多くの分野で高い水準にあり、技術移転や国際交流において貢献できる力量が備わっている。

 

(5)農学はフィールド科学である

 農学は、大地を耕し、種を蒔き、作物を育て、収穫するすべての過程を対象とし、また家畜を繁殖、飼育し、乳を搾り、肉をとることを対象としている。また、農学は、魚類、昆虫、野生生物も対象としている。このように、農学は、人類の食料生産と密接に関連した学問であり、人類と生物との共生に最も身近な学問である。さらに、農学は、耕地や山林や海を研究の場としたフィールド科学である。農学系学部には、農場、演習林、海洋研究施設、練習船などフィールド拠点があり、ここをべースとして生態系の保全、持続的生物生産、生物共生などに関する大規模な調査研究が行われている。環境保全と人類と生物の共生は、フイールド科学としての農学無しには考えられない。

 

(6)農学は豊かな人間性を醸成する学問である

農学は、さらに豊かな人間生活を保障するために様々な貢献ができる。21世紀における人々の生活はますます多様化し、人間性回復のために自然や動物との関係を深め、健康を重視し、個性化とゆとりを求める時代となることが予測される。そのためには、生物的多様性を重視した豊かな森林、牧場、田畑、湖、河川、海洋が維持、創生されてこそ可能であり、農学の発展なくしては実現が困難である。心を癒してくれる愛玩動物や鑑賞用の植物、魚や森林レクリエーション、森林浴などへの関心も高まりつつある。また、自然と調和した公園、住宅、街路づくりや動物園、植物園、水族館などの役割も一層重要となる。農学は、こうした豊かな人間生活を保障する学問である。

 

(7)農学は人類と動物の健康を守る科学である

農学は食料生産の学問であるばかりでなく、食料となる動物の健康を守る科学でもある。畜産学では、飼育動物の適正環境を研究し、獣医学では、動物の病気を研究する。人の病気に直接関わる人獣共通伝染病は人医と獣医の協力無しには解決できない。エボラ出血熱、エイズなど、最近問題となっている新興感染症のほとんどが、もとをただせば、動物の病気が、野生動物と人との接触の機会が増加する中で、人に入り込み、重篤な症状を呈する人の病気と化したものである。これらの疫学に対応できる専門家は、獣医学で教育しなければならない分野ではあるが、我が国の対応は遅れている。

また、環境の悪化により野生生物の種の絶滅が続いている。このままこの状態が続けば、食料資源生物の枯渇に繋がる問題である。これらの問題に対処するのも、先進諸国では獣医学の中の保全生物学である。我が国での早急な対応が望まれる分野である。