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我々は「農学」をこのように提言する

  21世紀に予測される地球規模での食料問題と環境問題を克服し、人類の持続的生存と活動を保障するとともに、人類と生物との共存を実現しながら、生物資源の開発・利用を図ることは、農学に課せられた重大な使命である。

 本提言は、21世紀の農学はいかなる目標をもった学問として再構築されるべきか、またどのような学生を育て社会に送り出すのかを、国立大学農学系学部長会議が総力を挙げて取りまとめた「農学のビジョン(1997年)」をさらに整理し、提言の形で分りやすくまとめたものであり、III 章では農学分野で現在緊急に施策として取り上げるべき具体的な課題を、またこれらの課題の背景となる基本的な骨子をIII章において取りまとめた。

 我々の考えを、国会、政府、省庁並びに公共団体等において、農林水産業政策、文教政策、国際協力等に携わっておられる方々に伝え、政策の立案と実施において、本提言の内容が十分に反映されることを強く要望するものである。

 

I.21世紀における「農学」の基本課題と施策として重視すべき具体的課題

(1)持続型・環境調和型生物生産に関する科学技術の開発

現在の多収穫農業技術は化学肥料、農薬、化石燃料の多用によって達成されてきた。このような農業体系は、環境と資源、エネルギーの両面からこのまま継続すべきでなく、生態系と調和した環境保全型の農業体形へと転換されるべきである。同様に、漁業生産では資源管理型漁業、林業では森林の生物的・機能的多様性を考慮した新しい環境保全型林業への転換が求められている。

このように、人類の生活基盤である衣食住の基本となる生物生産において、持続的・環境調和型の科学技術の確立が重要であり、以下のような課題の研究開発を推進すべきである。

@土壌流亡、塩類集積に代表される土壌劣化の防止と土壌改良技術
A地下水汚染などの起こらない環境保全型の持続性のある栽培技術体系の確立
B環境適応型植物種のバイオテクノロジ一による開発
C植物自身の力による植物防御システムの確立
D省資源、省エネルギー、省力型の高能率生物生産システム(植物工場を含む)の開発
E森林生態系環境と調和した高能率造林・育林・更新技術の開発
F海洋生態系環境と調和した増養殖技術の開発
G重要生物種の最大持続生産量の増大技術
H地球温暖化に伴う動植物移動に対する対応策

 

(2)生物機能の開発・応用に関する科学技術の開発

生物機能の開発と機能物質の制御・応用に関する科学技術であるバイオテクノロジーは、21世紀に最も期待される科学技術のひとつである。この技術の発達によって、食料増産や品質の向上が分子レベルで設計可能となり,耐病性,耐干ばつ性など新しい機能を持った新作物品種、新家畜や新魚介類の育種、新機能性食品や生物農薬・新薬品の開発、廃棄物・ゴミなどの再処理・リサイクル利用技術の確立など、多くの問題の解決に展望を開くことができる。

生物の機能を利用する技術は、生態系を大きく乱すことはなく環境を保全しながら生産を行う最適な方法であり、このような科学技術を発展させなければならない。そのためには、以下のような課題の開発を推進すべきである。

@植物、微生物のゲノム解析、ポストゲノム研究の促進
A食料増産・環境保全のための遺伝子組換え作物の開発

B生物による生物の制御技術の開発・生物農薬

C難分解性廃棄物の微生物による分解技術
D微生物による安全な酵素、食品添加物、機能性食品
E生物の非破壊観察、および計測技術
F生物材料の安定供給のための培養・保存技術、バイオリアクター・バイオセンサー技術
G魚介類の特性を生かした機能性薬品、食品の開発
H遺伝子導入による新機能植物の育種

 

(3)自然生態系の保全・修復に関する科学技術の開発

 熱帯林の破壊・減少、酸性雨による北方林の衰退、耕地の砂漠化や塩類集積による土壌の劣化や水質・海洋汚染による水産資源の減少など地球規模の環境問題は深刻化するばかりである。このように、地球上の生態系破壊は人間活動によって急速に進行している。自然生態系の保全と再生・修復に関する科学技術は、自然災害防止に関わる国土保全技術と併せて、地球規模においても、地域においても、今日最も重要な課題である。

 生物資源は化石資源と異なり、持続的に利用できる再生産可能な循環資源であり、こうした生物資源の有する特質を有効に活用し、生物多様性と環境の保全・再生のため科学技術の発展を図ることは農学の最重要課題である。具体的には、以下のような課題の開発を推進すべきである。

 

@熱帯林・乾燥地帯林などの生態系の解明と再生に関する科学技術の開発
A酸性雨など各種汚染による自然生態系破壊のメカニズムの解明とその再生技術の開発
B生物的多様性の保全と遺伝資源の保全技術
C砂漠緑化や乾燥地域の農地保全技術
Dプランクトン・ベントス・海洋細菌・土壌微生物の機能を利用した環境修復技術
E沿岸海洋環境の保全と修復に関する水産工学技術
F生物の環境応答能を利用した自然生態系のモニタリング技術
G環境汚染耐性・浄化能を備えた新機能生物の開発
H保全生物学?野生動物の環境破壊からの保全

(4)動物の多面的機能の開発・利用に関する科学技術の開発

 生物の利活用を最も得意とする農学は、生物それ自体としての利用ばかりでなく、その部分的な機能や生命活動のシステムを活用することを可能としている。医学との関わりでは、医療開発用の実験動物の創出、胚移植技術、人工臓器など先端医療技術への寄与がある。また、21世紀には、人々の自然志向、精神安定、生活の多様化、ゆとりある生活へ向けた要求を満たすことが、人間の健康を維持する上でも重要な課題である。

 このような面から、動物の多面的機能の開発と利用の発展を図ることが必要である。そのためには、以下のような課題の開発を推進すべきである。

@海洋生物の食物連鎖による環境調和型の水産技術
A家畜糞尿処理を解決する環境調和型の飼育技術
Bワクチンや薬の投与に依存しない免疫遺伝学的技術
C新しい実験動物等の開発
D野生動物の保護・管理技術
E高等ほ乳動物全般にわたる生命・遺伝情報の蓄積と応用
F人工湧昇あるいは沿岸底層水のくみ上げによる魚介類生産の増大技術
G機能性食品の提供が可能な動物生産技術
H産業動物のゲノムプロジェクト
Iクローン技術,遺伝子改変による産業動物の改良

 

(5)人間の健康と生活社会環境の充実に関する研究の推進

 農学は、人類の衣食住の要求を満たすために必要な「農林水産業」の発展を可能にする学問であるばかりでなく、農学の有する融合性と総合性を積極的に活用し、広く地球を足場に生きる「人間の総合科学」としての役割も発揮していく必要がある。21世紀には、これまでの工業中心・都市中心の考えを反省し、農業と工業のバランスのとれた発展、都市と農村の複合的発展こそが人類社会のあり方として自然で合理的であるという方向への転換が必要である。さらに、都市化、高齢化、核家族化社会における孤独感の高まりの中で、伴侶動物の位置と役割も重要となっている。鑑賞用の植物や魚種の開発、伴侶動物の研究や活用は21世紀の人類にとって欠かせぬ分野となろう。

 このような面から、自然科学分野と人文科学分野との協力により、持続的発展を可能とする総合的な人間社会形成の方策を提示することは、21世紀における農学の使命であり、以下のような課題の開発を推進すべきである。

@持続可能な方法での生物生産と農山漁村の開発
A地域資源利用の効率を高める生産方式の多角化
B条件不利地域における地域振興方策の策定
C持続可能な農林漁業と農山漁村開発への国民参加方策の策定
D都市再開発計画における農業と緑、水産と渚の役割に関する研究
E自然景観の保全、再生、修復に関する技術開発
F鑑賞用の植物や魚種の開発、動物園・植物園・水族館の役割に関する研究開発
G長寿生活を豊かにする食料・健康資源の供給
H健康で安全な食生活のための農水産物の高次加工技術の開発
I農産物貿易のしかるべきルールの確立
Jグローバルな物流時代の人獣共通伝染病と家畜伝染病対策

 

(6)環境調和型・持続型の社会を可能とする生物資源の高度利用技術研究の推進

使い捨て生活スタイルと決別し、環境と調和しつつ持続的発展を可能とする循環型人間社会の形成を目指すうえで、農学の役割は極めて重大である。持続型・環境調和型生物生産は生物資源及び生物機能の高度利用技術と利用後の再資源化・循環再利用技術と自然循環技術の発展無しには実現できない。3R すなわちReduce(環境負荷を減らす)、Reuse(再利用)、Recycle(循環再利用)を意識した農林水産物の加工利用技術の発展は、農学に必須の部分であると考えられる。

このような面から21世紀における農学の基本課題として、農林水産生物資源の高度加工利用ならびに生物資源廃棄物の循環利用等に関する科学技術の発展が重要であり、以下のような課題の開発を推進すべきである。

@生物資源の利用効率向上と多面的有効利用技術の開発
A廃棄生物資源の再資源化・再利用と再資源化資源の自然循環化技術
Bファジー理論による高度伝統技術のソフト化と生物資源加工プロセスへの応用
C食資源及びその成分の新規機能開発
D機能性成分の探索、物性・構造解析、生成・分離・加工技術
E食品製造に関する近未来型・環境無負荷型加工技術の開発