国立大学農学系学部長会議声明
- 農学教育研究にはたす国公立大学の役割 -
平成 12 年 6 月 2 日
1. はじめに
さる 5月26日に招集された国立大学・大学共同利用機関長等会議において文部大臣は、独立行攻法人制度は国立大学に十分適合するものであると同時に、公立大学についても国立大学に準じた対応を検討する必要があり、文部省としては、今後、国立大学を独立行政法人化する方向で、法令面での措置や運用面での対応など制度の内容についての具体的な検討に、速やかに着手したいと説明されました。
昨年4月の閣議において、国立大学の独立行政法人化を大学改革の一環として検討し、平成15 年までに結論を得ることが決定されて以来、農学系大学・学部を有する 40 国立大学・学部と 6 公立大学・学部等の学長・学部長で構成する国立大学農学系学部長会議は、国立大学の独立行政法人化が、専ら業務の効率性向上という行政改革の視点から提起されたことに強い危機感を提示した国立大学協会と基本認識を共有してきました。
このような大学や有識者が発した危機感は、厳しい行財政のなかにあっても、着実に国民各位に理解されはじめ、わが国の高等教育に対する公的投資が欧米諸国に比べて極めて低い水準にとどまっていることの問題性を、行革本部も認識するようになりました。また文部大臣の説明に明示されたように、短期的には成果を予測しがたい先駆的な研究や基礎的な研究、社会的需要は少ないものの重要な学問の継承などに果たしてきた国立大学の役割や、学生が経済状況に左右されることなく、自己の関心や適性に応じて、分野を問わず大学教育を受ける機会を確保する上で果たした国立大学の貢献は、今後の国立大学の在り方を論ずる上で決して忘れてはならない点であると、私たち国立大学農学系学部長会議は考えます。
2. 短絡的な効率主義は農学を弱体化させます
農学は、世界の人々を栄養不足や飢餓から開放し、安全で良質な食糧や生物素材を提供すると同時に、生物のもつ発展的・持続的カな能力を生かして破壊された環境を修復し、豊かな自然環境を創造する使命をもつという点において、極めて応用的な科学であるといえます。しかし、多様な生物種の特性を明らかにする分類学や、驚嘆に値する生命体の仕組みを解明する生命科学等の基礎科学を農学が内包するからこそ、実践的な応用科学の成果が実るのです。その意味において、農学は極めて基礎的な科学であるともいえます。
昨年 11 月に国立大学理学部長会議は、短絡的な効率主義が基礎科学を弱体化させることへの危倶を表明しましたが、応用科学と基礎科学の両者に責任をもつ国立大学農学系学部長会議もまた、短絡的な効率主義に対し深い憂慮の念を禁じ得ません。
さらに重要なことは、短絡的な効率主義は応用科学の健全な発展をも阻害することです。私たち農学は、30 分ごとに細胞分裂を繰り返す微生物から数千年の寿命をもつ樹木まで実に多様な生物種を対象として教育研究を行っております。業務の効率性の向上を主たる目的とする独立行政法人制度の下で実施される大学の目標・計画の設定やその評価は、よほどそれらの基準が多様化されないかぎり、効率性の呪縛から開放されることは有り得ないと多くの大学人が考えたとしても不思議はありません。その結果、大学の教育研究が効率のよい対象や方法に特化するという歪みが進行し、均衡のとれた応用科学としての農学が弱体化することを、私たち農学系学部長会議は危惧します。
3. 農学は地域性を重規します
文部大臣が説明されたように、国立大学は、全国的に均衡のとれた配置{こより、地域の教育、文化、産業の基盤を支え、各地域特有の課題に応じた独創的な教育研究の実施や解決に貢献してきました。それらの貢献のなかで果たした農学の役割は、決して少なくありません。地域農業への貢献はもちろんのこと、地域の環境保全に関する教育研究、地域性を生かした生物と人の係わりという文化的な貢献など、様々な課題において農学は地域性を重視してきました。また農学は、実験科学とフィールド科学の両者の方法論によって教育研究を行っており、フィールドという地域を本質的に重視する科学です。国立大学の在り方に関する今後の検討において、均衡のとれた地域発展の視点を欠くことがないよう、私たち農学系学部長会議は要望します。
4. 学部の成熱した自主性・自律性は、大学運営に貢献します
国立大学の法人化の論議において、私たちがもっとも危惧するのは学部の自律的機能の弱体化です。大学の自主性・自律性の大切さは繰り返すまでもありませんが、私たちはそれに加えて、大学の真の自主性・自律性は、その構成単位である学部の自主性・自律性を保証し、構成員のエネルギーを最大限に引き出すことを可能にするネットワーク型の運営体制を構築することによってのみ、達成されることを指摘しておきたいと思います。それは成熟した地域社会が、その構成単位である地域住民の自主性・自律性の尊重によってこそ達成し得ることと同じです。
私たち農学系学部長会議は、成熟した学部運営の構築のために努力を続けることで、大学の真の自主性・自律性の確立に貢献していく決意を表明するものです。
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